「職場にまずは3年間」というのは経営者側がよく使う言葉です。
ですが、これに付き従う必要なんてありませんよ。
【1】嫌な会社で“石の上にも3年いる”必要はない
私は新卒入社した某メーカーの大阪支店はまるでギャグのようでした。世の中は週休二日制は浸透していたのも関わらず、その会社は月に二回は土曜日六時まで出勤。挙句に、毎日工場でもないのに、体操があったのです。そして、月曜日には「社歌」まで……。
笑えてしまうのがそのインパクトが強すぎて、まだ歌詞も覚えているということ。でも、私は会社でまるっきり私のアイデンティティーを奪われた気がしました。
会社の事細かなルールと言い、厳しい縦社会、男女差別、そして一番苦しかったのが制服でした。
制服は銀行員さんの窓口の方が着ているようなごく普通のものだったけれど、私は会社にがんじがらめにされている気持ちがぬぐえず、入社して3日目には辞めようと決心していました。
【2】支店長に結婚対象として見られる恐怖
その会社は独身男性がとても多かったです。支店長曰く、お母さんと同居のお嫁さん候補を探しているので、なかなか嫁の来てがない…という事だったのだけれど、それも怪しいはなしだと思いました。
そして私は思ったのです。“結婚の対象として絶対思われてはいけない!”と。がんじがらめの社則や、残業=美徳、そして女性はアシスタントで寿退社がお決まりのコースの会社に私は辟易として毎日通いましたが、どうしても、なじめなかったし、仕事自体もつまらなかったです。
隣のシマの課長は部下を叱責するのに、「女子供じゃあるまいし!」などと、とんでもなく失礼な言葉を連発する男だったし、昇進したばかりの課長を間違えて係長と呼ぶと睨みつけられるような会社で、もちろんそんな男は独身で彼女もいなかったです。
だけれど、短期離職は履歴にマイナスになると思い、まず三年は我慢しようと思い、我慢したが、ストレスで私の顔、体はアトピーに侵されていきました。
【3】母が突然東京に家を買う
そんな中に、母がなにやらゴソゴソと画策しているような感じがしてはいたのだけれど、実際何をしているのか分かりませんでした。しかし、それはとんでもないことがすぐに判明しました。
東京に家を買った…というのです。誰に相談することもなく、そして挙句に、3日もせずに引っ越しをするといいます。
本当に無茶苦茶です……。「私の仕事は?」「家をどうやって買ったの?」「妹はどう言っているの?」そんなことには返事もしてくれませんでした。
そして、私は仕事を(辟易はしていたから良かったものの)、いきなり退職することになり、東京デビューをすることになりました。母は、「自分がこうしたい!」と言い出したら聞かない人だったし、反対しようものなら、物理的に攻めてきます。要は虐待だ…と思っています。
だから従わずには要られなかったのです。No reason(理由なんてない)、それでお終い。
【4】まとめ
職場に入ると、「まず3年やって見てから考えて」と言われると思います。ですがこれは完全な経営者側の都合。従う必要なんてありません。
私のこの職場の話は30年ほども前にはなりますが、今もあまり変わっていませんね……。
そして、我が家は東京の某下町に転居しました。妹、私、母、そして先に大学に東京で暮らしていた兄が加わりました。
でも、妹は自分を崇拝する男どもがいる関西にすぐ戻りアパートを借りて一人暮らしを始めました。我が家はいつも、出たり、入ったり、転居は12回にも及んでいったのです……。
(田中裕子/ライター)
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