「過激にキスをするアセクシャル」矛盾しそうな性質が両立する理由

ad

アセクシャルは恋愛に興味がない人が多いですが、中には愛情表現が過激な人もいます。

この一見矛盾したような性質が、なぜ両立するのでしょうか。

自身の経験に基づいて考察していきます。

 

【1】愛情表現が過激なアセクシャルもいる

アセクシャルといえば、恋愛感情と性的欲求がないのが特徴。

研究が進んでおらず、科学的なことがまだわかっていませんが、私自身の感覚で言えば、恋に関するホルモンが分泌されないだけだと思われます。

と言うのも、脳が痺れるような衝撃的な惹かれ方をしませんが、「人として好き」「結婚して子どもを作ったら良い家庭になりそう」と頭の中で人を好きになることはあるからです。

また、なぜか美男美女に無頓着なアセクシャルが多いですが、これも生存本能等、パートナーにまつわる本能的なものが弱いからなのでしょうか?

中には、「イケメンはカッコいいと思う」と漠然と、かっこいい事実を認めた上で、「そう言う顔が好き」と言う人もいますが、今のところ私は、イケメンでキャーキャーと騒いだり、イケメンと付き合いたいと思うタイプを見かけません。

私は、好きになった人に対して過剰な愛情を注ぎ、ずっとでもキスやハグをしていたいと思ってしまうタイプなのですが、どうしてこのようなアセクシャルが存在するのか考察してみます。

ad

 

【2】なぜそのようなアセクシャルが存在するのか?

私は欧米の血が入っていて、もともとスキンシップに関して大胆なのだと思われます。

しかし、アセクシャルやノンセクシャル以外は、キスやハグに関して、「性的欲求も抱いている」と聞いて、この辺りに秘密があると感じました。

一見、恋愛感情や性的欲求がないアセクシャルと相反する性質ではありますが、なぜ愛情表現が過剰なアセクシャルが存在するのか考察します。

(1)性的欲求などによる「お腹いっぱい」がない

いつも驚くのは、性欲がある人たちには、エッチをしたくない気分もあると言うことです。

私は、性的欲求がないからこそ、いつでもしたいと思わないし、恋人といつでも触れていたいからこそ、いつでも密着していたいと思います。エッチは、最大限に密着できる行為だからこそ、好きなものであり、いつでも、恋人に誘われれば、喜んで応じます。

また、私がアセクシャルだと知っているからでしょう。エッチなことをして途中でやめることもしょっちゅうあります。それを辛いと感じる人が多いと言うことを知り、エッチには性的欲求が強く伴うものだと感じました。

そのため、性的欲求が伴うキスやハグも、性欲が満たされたお腹いっぱいの状態というものが存在し、エッチと同様、「気分じゃない」と思うことがあるのではないかと思います。

私はカミングアウト以前に、キスのしすぎで、『あまりされると、無って感じになる』と言われて、当時はよくわからなかったのですが、この「無」になる感覚も、性欲と強く関わっているものだと考えられます。

アセクシャルは性欲が全くないからこそ、気分で左右されません。エッチに対して恒常的に「いつでもしたい」と思っている以上、キスやハグも際限なくなるのだと推察できました。

(2)小さい子どもを抱える母親の感覚に近い

アセクシャルの恋愛のスタートは、尊敬の念であったり、友人としての親しみであったりと多様です。

しかし、最終的には、長く付き合い深い情を抱くと、「家族のような感覚」を持つことが多いようです。そのため、逆に「身内を抱いているような気持ち悪さ」を感じてしまい、エッチができなくなってしまう人もいるようなのですが…。

私も、彼のことは家族のような特別感を持っていて、お世話を焼きたくなってしまいます。かといって、血が繋がっていないからエッチに抵抗感がないタイプです。また、4歳年下の彼氏を持つためか、彼のことは「可愛い」と思ってしまい、あどけなさがとても好きです。

昔は、格好をつけてばかりで、自分の弱みを一切見せなかったので、勘の良い私は、思春期を持つ親のような気持ちで、いつも何も話してくれないことに傷つきながら心配していました。

このように、付き合い始めから子どもへ向けるような目を持っていたので、キスやハグに対する感覚も、赤ちゃんに対してしたいと思ってしまうような感覚に近く、純粋に愛でしていることに気がつきました。往々にして、良い年になるとやりすぎにうざがられるものですが、そういうモノに近いと思います……。

たまたま、家族のような感覚といっても、私が年下の彼氏を持つために子どもへの愛情に近づいたのか、アセクシャル自体が家族愛の延長で、慈しむような気持ちでキスやハグをしたくなるのかについては不明です。ぜひ、他のアセクシャルで家族愛のようなものをお持ちの方はご意見ください。

(3)もともとの個人の性質ももちろんある

とはいえ、もちろんもともとの個人の性質が強いと思います。

私は欧米の血が入っているので、挨拶がわりにキスやハグをするようなスキンシップを見てきましたし、街中で堂々としていたため、人前でするのが恥ずかしいという感覚がありません。

ましてや、女性だから積極的になることに引け目を感じるということもありません。

「いつでもエッチしたいのと同じくいつでもキスやハグをしたい」「子どもをかわいがるような感覚がある」というタイプにたまたまはまった上、こうした大胆な性質が加わって、愛情表現の激しいアセクシャルが出来上がったのだと思います。

これだけの諸条件が揃うとなると、おそらく、アセクシャルの中でもかなりマイノリティに属するのではないかと思われます。

ad

 

【3】まとめ

アセクシャルについて深く考えるとなると、ほとんど研究がないため、推察することが中心になると思います。

今回は実体験に基づき、アセクシャルの性質に一見反すると思われる「愛情表現が過激なアセクシャル」がうまく成立できる理由について考察しました。

価値観や考え方によって、アセクシャルもタイプが様々ですので、アセクシャルだからと言って、皆同じような性格ではないことを少しでもご理解いただければ幸いです。

(Amy/ライター)

記事を拡散する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です