【毒親】バラの花束ともらう妹とアセクシャルゆえに仕事に邁進し母から逃げる私

モテる妹とアセクシャルの私

妹はモテました。対して私はアセクシャルゆえ、恋人を作ることに関心が持てませんでした。

それゆえ、母から逃げるように生活を送るようになったのです……。

 

【1】毎日バラの花束が置かれるモテモテの妹

私には3つ下の妹がいます。とてもモテるし、既婚の今でもモテる。大学時代には、家の玄関に毎日バラの花束が置かれていたほどです。

私とは真逆の世界。それに反し、私は職場に始業前1時間前に出勤し、男女雇用機会均等法が出た時代に即し、キャリアアップを目指し、鼻息荒く仕事に臨んでいたのです。

留学目的に3年、必死に給料の高いパチで働き、貯金し、家に帰る毎日、それが私でした。本当に毎日馬車馬のごとく働いた私でした。

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【2】アセクシャルの片鱗を見抜く母から逃げるように留学する私

そんな中にエリートの検事であった父がガンで亡くなりました。すい臓がんで見つかったときにはもう末期状態で、手術をして延命効果を期待したものの、半年もせずに亡くなりました。

ちなみに、父は私のことを出来損ない…と思っていましたが、私の懸命の看護もあったせいか、旅たつ瞬間に私と私に兄妹を抱きしめてくれました。出来損ないの私たちを心配していたのでしょう。

そして、父が死んだために、保険金が入ってきました。良いのか悪いのか…そのお金で留学が出来ることになります。

実は、うちの母親というのは今でいうところの毒親で、一日も早く母のもとから消え去りたかった私には、この保険金で留学することは千載一遇のチャンスでした。

アセクシュアリティ(=家族から見れば頭がおかしい)の片鱗を見抜いた母から逃げ出す方法の一つが留学だったとも言えます。

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【3】獣医に言い放つ「この子、未婚なの!」という強烈な言葉

留学はあっという間に過ぎました。よく分かりませんが、単核症という病気になり、大学を一学期休学することにもなってしまいました。また、変な留学生同士のいざこざや、アパートの大家の詐欺とも思えるような行為とアメリカのまだ残る人種差別にも戦わなければいけず、毎日が戦いの日々でした。

それでも、毎日が充実していました。でも、卒業したらもちろん日本に帰らなければならない……。それが心に引っかかっていました。

そのまま米国で職探しをすることも出来ましたが、留学をして認識したことは「私は日本を愛している」と言うことでした。

しかし、日本に帰国後、毒親の母親にやられてしまいました。ペットクリニックに猫を連れて行ったら、なぜか母親はお年を召した獣医さんに開口一番「この子(私のこと)、未婚なんです!」と言い放ったのです。

そんなに結婚することが重要なのか。それも獣医にそんなことを話してどうしようというのか……。私は心の中で一笑に付しました。

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【4】まとめ

性的指向で幸せ度が変わることはありません。

統計があるわけではないですが、人間はしたいことをしているときが一番幸せなのではないでしょうか。

幸せは自分が決めるものであって、人が決めることではありません。アセクシュアルですが、結構幸せです。

(田中裕子/ライター)

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