レズビアンの妊娠報告で感じた思い…同性婚の重要性について

レズビアンの妊娠報告で感じた思い…同性婚の重要性について

先日、久しぶりに友人に連絡をしたところ妊娠しているとの報告を受けました。おめでとう、という喜ばしい話に両手をたたいていたのですが、脳裏にもうひとつの驚きがありました。

「レズビアンじゃなっかたっけ? バイセクシュアルだったっけ?」という、セクシャルマイノリティ界隈ではよくある混乱です。

けれどこれも、なんで混乱するのか、混乱する理由は何なのかと考えたことがなかったので、これを機会に考えることにしました。

【1】分類ごとに分けて、その人を理解したつもりになっていた?

人は物事を種類というか分類分けするのが好きな生き物ですよね。多分それって、遡れば人がまだまだ野生の中に生きていた頃に「どうやったら生き残れるか」みたいなサバイバル知識を積み重ねるためとか、「この植物は食べられる、こっちの植物は毒がある」みたいに情報を整理整頓してきたからだと思うんです。

だってそうじゃないと、フグの何処なら食べても平気みたいなことって分からないじゃないですか(縄文や弥生時代の貝塚などを調べるとフグの骨とかも出るそうです)。

なので、ラベリングをするっていう行動そのものは本能みたいなものでその人を知る一歩にはなるけれど、それ以上の歩み寄りをするにはもっと他の考えもしなければならないのでしょうね。

【2】同性愛と異性愛の間には本当に壁があるのかどうか

よくある話と言っていいのかよくある問題と言っていいのか悩み所ではありますが、過去に付き合っていた同性の恋人が後で異性の恋人を得ると「やっぱりそっちがいいの!?」とモヤモヤする話は絶えていないですよね。

これは何故なのか考えると「やっぱり多数派なのか!」というような「同性愛者でしかいられない自分」のしんどさが爆発してしまう感情的な話でもありますが、それってもしかすると「多数派にはそれなりの恩恵がある」からなのかもしれないと思う所もあります。それが、「結婚」です。

【3】法的に守られたつながりを持てるかどうか

最近、同性婚も異性婚と同じようにしようということで、自治体によってはパートナーシップを作った所も増えてきました。それは嬉しいことに違いはないんですが、あくまで条例なので法的には「他人」なんですよね。でも、結婚ならばその二人が「家族」であることを証明出来るんです。

この差はやっぱりどう考えても大きくて、「自分達には出来ないことを、出来なくて苦しんでいることを平気で!」という辛さに同性愛者も両性愛者も双方襲われてしまうことになります。

ですから、こうした心理的なダメージを減らすためにも「家族」として法的に認められる「同性婚」は、というよりも「結婚に性別の概念を無くす」くらいの方がいいのかもしれません。Xジェンダーなどの人でも、共に暮らすパートナーが欲しいとかありますからね。

【4】その時に愛し愛されていたのはウソではないはず

それと、同性愛者だと思って付き合っていたのに、となってしまう心境そのものはどうしたらいいものかと考えてもみましたが、「交際中に貰った愛情そのものはウソでもなんでもない」「別れた後に相手が愛情を与えてもいいと思えたのが異性だった」と考えるのがベターなのかなと。

ベストな答えなんて、心理的なものには無いですからね。
巡り合わせだとか、そういうものなんだと割り切らない限り思考の泥沼にはまったまま動けなくなる気がします。

【5】まとめ

よくある話…ならばいいのですが。もめ事にも発展する事がある話題をどうやったら減らせるか、そもそも原因はなんだと考えていました。やはりまだまだ日本は異性のカップルと同性のカップル(それ以外の性別のカップルも含め)の間には厄介な壁があり、問題点は寧ろその壁だと感じました。

結婚に性別の概念がついているのは法を作った当時の時代の関係上仕方ないとはいえ、これからはそういうものに捕らわれる時代ではないと思うんです。そうすれば、「次はどういう風に世の中を良くしていけるかな」とか考えられる余裕が出来ると思いますから。

(Shano編集部)

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