アセクシャルの情報が少なすぎて自分を歪めた結果、うつ病に

アセクシャルという言葉を知らないために偽りうつ病になった経験

私はアセクシャルという言葉を知らず、はたまたアセクシャルに関する情報にあまりアクセスできず、だからこそ“普通”を目指してうつ病を発症してしまいました。

当時の心情や思いを整理していこうと思います。

 

【1】アセクシャルの情報のなさが自己肯定に歪みをもたせた

アセクシャルで障害者。そのことを自覚した私は年末の休みに入り、急にパニックを引き起こしました。

そこで、なんで、あんなパニックに陥ってしまったのだろうか、と私は無事に元旦を迎えた日に考えました。アセクシュアルである自分は、自分を探そうと長い期間にわたり、“ある方法”で発見をしようとしていました。

異性に興味が持てない、その事に気が付くのも遅かったけれど、私のような人間が他にもいるという事を知らずにいたある意味の“情報の無さ”が、私をどう受け止めていくか、そのために何が必要か考えるという点で、自分肯定にゆがみを持たせていたと思ったのです。

自分は、人とは違うんだ、という事をまだまだ受け入れてくれる社会の側にも“準備”が無い、と思い私は何らかの形で、“自分が属せる場所”を今、なお、探している事が否めないのです。

マイノリティーであることは、やはり厳しい。情報を簡単にFace Book, Twitterでシェア出来る世の中にはなったけれど、顔の見えない仲間は私の心を埋めてくれそうにないのです。

SNSで仲間と繋がれて涙が溢れた…私はアセクシャルを知れてよかった

 

【2】私の過去の過ち

アセクシュアルである自分は、どこかおかしいのではないか、という気持ちを50歳になるまで分からなかった私は、“メインストリーム”、つまりストレートという形に収めようと無駄な、そして愚かなことを侵してしまったのです。

自分がアセクシュアルであることが、おかしい、そして、また母の言うところの“家の恥”になってしまう……。そのためには、私は“普通”でいなければいけない。そのためには、何をすれば良いのだろうか、など考え始めたのです。そして、それが大きな間違いと結果を招くことになっていくのでした。

私は好きでもない男性と交際し、そして体を重ねることを繰り返す生活を始めたのです。自分が、普通にみられるためには、そして“マジョリティ”に属して“安心した気持ち”になるの為には、それしかない、と思いやってしまった結果がそれでした。挙句に、結婚もしなければいけない、と思い出す始末。もう、やはり冷静さを欠けていたのでしょう、そんな風に自分を追い込み、追い詰めていく自分の姿がありました。

以前の記事にも書いた「薔薇の花束をもらう妹」とは、まったく真逆の私は、どうやって男性という、女性の“真逆の性”に向き合っていくのが分からない人生を、つい最近まで送っていたのです。妹は目標の通り、27歳で結婚し、そしてその当時アメリカにいた私に幸せそうな結婚式の写真を送ってきました。

その時、嫉妬の気持ちなどは全く起こりませんでした。「おめでとう!、」いう気持ちが素直に心から出てきたものの、自分のセクシュアリティの立ち位置がダメだしになった気持ちがしたものです。

【毒親】バラの花束ともらう妹とアセクシャルゆえに仕事に邁進し母から逃げる私

 

【3】まとめ

その後の私は好きでもない男性と体を重ねることをしていましたが、心はさらにすさんでいくだけの日々。

私は、アメリカ人の友達から”What’s your love life?(あなたの恋愛はどんなですか?)”、と「男女がいるの世の中では男女がペア」であることの大全体の米国での生活に食傷気味で疲れはて、最終的にはうつ病を発症してしまったのです。

(田中裕子/ライター)

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